007-003

3/31 なぜ今日が年度末なのか

 こんにちは、挨拶専用85です。
 本日ラジオを聴いておりましたら、タイトルの話題になりまして、久米さんが「こよみのページ」(ちなみにこのHPは「暦」に関して検索したことがある方なら、必ず訪れるであろう情報満載のHPです)の作者に電話でインタビューしていました。なんと海上保安庁の下里水路観測所(和歌山)に勤務されている方だったんですね。びっくりしました。

 それはさておき。もともと、年度も「暦の一年と同じく1月に始まって12月に終わるもの」であったのに(「役所の一年は4月から・・・会計年度のはなし」から)

明治のはじめの頃は、会計年度の開始時期は何度も変更されています。なぜそんなことをしているのかと言えば、多分 「政府に金がないから、暦通りの会計年度ではやりくりがつかなかった」のだと考えられます。要するに、「金が出来るまで支払い(決算)を待ってね」というわけです。この辺の事情は、給料を払うお金がないから暦を替えてしまった

ということなのらしいのです。味も素っ気もないとはこのことです。

しかしやはり、心情的にはこちら(かんべえの不規則発言<3月30日>(金)分)

〇こんな風に、「4月始まり」が制度化されているのは、きっとこの国には「季節感」をとても大事にする伝統があって、そして4月には桜が咲くからでしょう。桜の季節に新しい会計年度が始まり、新しい環境が始まり、出会いと別れがある。それに沿って、われわれは引越しをしたり、新任ご挨拶をしたり、入学式や卒業式のお祝いをする。〇桜がなかったら、この習慣はきっとこれほどまでには定着しなかったでしょう。この週末は満開ですな。

の説をわたくしは支持したいと思います。ではまた。

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NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」3/27 スペシャル:映画を創る ~宮崎 駿・創作の秘密~を見たよ

スペシャル(2007年3月27日放送) | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀

宮崎駿ってクリエーティブだなあ、と思ったコトバ。インタビュアーが「これだけ名声があるのに、どうして映画をつくりつづけるのか?」と聞いたとき、「名声なんかない」と即座に否定し、たたみかけるようにこう言ったのです。

あなたが何故アナウンサーなのか、というのと同じこと。それによって自分が存在しているからですよ。だから、今どうであるかが大事なんですよ。かつて何をつくったかはどうでもいいことなんです。終わっちゃったことなんだから。直せるわけでもないし直したいとも思わない。そのときはそうだった。今は違いますよ。

わたくしが尊敬するクリエーティブディレクターもよく同じことを言います。過去のことは興味がない。これから自分がつくるものに関心があるんだ、と。賞を取ると、クライアントから評価され、仕事がやりやすくなる、といったメリットはもちろんあります。でも、自分の作品に無頓着なクリエーティブも意外といるんですよ。かっこいいですね~

広告というのは常に新しいもので、他人の興味と関心を獲得することがその存在価値なのだと。専門誌や業界紙で取り上げられてたときには既にそれらは過去のもので、それらをチェックするのは自分のアイデアが使われていないかどうかを確認するためだと。

ちょっと次元は違いますが、広告業界志望の方にも同じようなことを言っておきたいと思います。「広告批評」や「宣伝会議」を見るのもいいでしょう。でもいちばん大事なことは、今実際に広告されている作品をチェックすることです。その上で、専門誌や業界紙を見て情報を補完するのです。でないと単なる広告フェチになってしまいますよと。毎日の新聞を、ラジオやテレビを、街や交通機関での広告を、いろんな雑誌やネットのページを「リアル」にチェックしてください。すべてはそこから始まると思うのです。

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良いESの書き方、より大切なこと。

今日は、2つのエントリーをご紹介しますが、社会に「正解」はない。のですから、決して鵜呑みにしないようにしてくださいね。(参照 》 セカンドオピニオン。OB・OG訪問

他人の不幸は蜜の味: 僕の考える「良い履歴書の書き方」から

・で、いつも思うんですが学生さんの自己アピールは本当にダメですね。・「サークルでリーダーを」とか「アルバイト先で仕事に工夫を」とかね、正直言ってちゃんちゃらおかしいんですよ。・10人中、まず9人はそういうことを履歴書に書き、話しますね。何を考えてるんだろうか?と思いますよ。・就職活動というのは、基本的に「他者より秀でた自分をアピールする活動」なんです。そういう場において、他者と同じ話をしている人間というのは、トロく眠たい存在だと思う。

一方、このへんを軽くクリアしている労協生も実は結構います。「広告業界志望の学生は比較的コミュニケーション能力が高い」と指摘する就職アドバイザーの話も聞いたことがあります。

・とりあえず、ホームページくらいは見てから来いよ。・正直、予備知識を持たずになんとなく面接に来る学生が多すぎます。勘弁してください。・面接官は、履歴書を見ながら質問してきます。面接参加前にもう一度履歴書を見直し、どんな質問が来るか予想し、どう答えるかを考えておきましょう。・あと、面接・質疑応答でのマニュアル通りの質問は減点対象です。「御社の強みと弱みを教えてください」なんて質問する学生はバカに見えてしまいます。

これも厳しい意見ですが、模擬面接をしていますと、ほぼ同感ですね。(特に最後)

では、もうひとつ。finalventの日記 - 履歴書のことから

一つは、履歴書を読む側の心理だけど、もう履歴書なんてものは読むにうんざりするものというもの。写真見てこんな人かというのと、文字を見て、汚い字だなとか、その2点の印象が強い。  でも、履歴書を読む側は、よい人を採用することが自分の成績なわけで、そこにはあまり主観は入らない。写真はいいにこしたことないし、文字もきれいであるにこしたことはないけど、せいぜい、ちゃんとした写真屋で撮れよ、丁寧に書けよ以上のことはない。

これも“ぶっちゃけ”同感ですw

で、ポイントはファクト(事実)。そんだけ。しいていうと、あとで面接官が突っ込みできるようなファクトが、そのアプライする職種に合わせてきちんと書いてあること。面接官というのは暇で退屈でけっこう嫌なもので、突っ込みできないとつまんないし、ただ、個性的なリプライとか貰っても困る仕事。  すると、ファクト(事実)、つまり、それが経歴、履歴ということだけど、が、ない人や薄い人はどうかというと、ダメです。なんかがっかりさせるようなこというけど、ダメなものはダメなんだもの。

身も蓋もない感じですが、そもそも新卒の場合はファクトが見えづらいのは当然ですね。しかし、ここで終わらないのがfinalventさんの真骨頂。

まとめると、ファクトをもって、御社に対してワタシはこれだけ利益をもたらすことができる人材ですよというのを示す。そんだけ。  いや、そんだけじゃなくて、会社っていうのは、また選考担当者もそうだけど、そんな優れた人材がいるわけないし、来るわけないじゃんと思っている。世の中というのは凡人で成り立っています。だから、会社に入って、協調してくれるというベーシックな線があれば、多少選考ミスがあってもOK牧場なものです。 (太字筆者)

常々わたくしが言っている「来年の春、同じ職場に来たとき、一緒に働けるかどうか」というイメージです。で、どうしたらそういう「印象」を相手に与えられるかというと──、

「来年の春(目に前にいる人と)同じ会社で働きたい」と心から思うことです。
なんだそんなことか、と思うかもしれません。でも、これって結構重要だと思うんですね。意外と人というのは自分が考えているほど論理的なものではありません、感情は表情に表れるものなのです。逆に言えば「印象」を与える手段は、その「意欲」から生まれるのです。

いよいよ面接ラッシュが始まります。「内定獲得」を目的とせずに「来春からの自分」をイメージしてがんばってください。そういえば、公式スタッフのさっくー05氏が「がんばる」の当て字は「頑張る」ではなくて、「顔晴る」が望ましいというアドバイスをある講師から受けたそうです。さすが、セミナー荒らし(笑)
春です。晴れ晴れとした笑顔で面接に臨んでください。ガンバレ!

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卒業おめでとう。-その2-

(06-Oct.-2011)

ジョブス氏の訃報に接し、心から哀悼の意を表します。

──Contact with the funeral of Mr. Jobs, represents a sincere condolences.

この世界からの卒業おめでとう! そして、ありがとう。

──Happy graduation from this world! And thank you.

(あってる?w)

----- Original Message -----

我ら、地域の仕掛け人!(小野晃司 ) から。有名な「スティーブ・ジョブスのスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ(翻訳 市村佐登美)」です。ちょっと長いんですが全文いきまーす。

----- Original Message -----

PART 1. BIRTH

 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。

 本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。

 私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヵ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ? ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。

 私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくて は、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私が ポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の 両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えま した。

 しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出てい ないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したの で、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

PART 2. COLLEGE DROP-OUT

 こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタン フォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6月も過ぎた頃に は、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてく れるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信 じてね。

 そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だっ て退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんで すからね。

 夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラ の瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレク リシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。

 しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。
 ひとつ具体的な話をしてみましょう。

PART 3. CONNECTING DOTS

 リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至る ところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。も う普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。

 セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしい フォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私 はすっかり夢中になってしまったんですね。

 こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って 最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組 み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。

 もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただ ろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったこ とになります。

 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。

 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
 もちろん大学にいた頃の私に は、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見 えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げ ることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の 心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

PART 4. FIRED FROM APPLE

 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。

 私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを 始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になり ました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになった んです。

 自分が始めた会社だろ? どうしたらクビになるんだ? と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップル が大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうこ とです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。

 自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヵ月はどうしたら いいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、 そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人 ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。

 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでし た。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんで す。

 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということ が分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わ りに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。

 それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。
 ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。

 思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。

 アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の 薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り 投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好き なことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底か ら満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、 好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかる とすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけな い。

PART 5. ABOUT DEATH

 3つ目は、死に関するお話です。

 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って 生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在 に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私 は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。

 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常 に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や 挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に 大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限 り最善の防御策です。

 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。
              
PART 6. DIAGNOSED WITH CANCER

 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。

 医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3月から6月、それ以上 の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符 牒)です。

 それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。 それはつまり、さよならを告げる、ということです。

 私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を 突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静 剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありが たいことに今も元気です。

 これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。

 以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経 験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに 行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、 そうあるべきことだら、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェ ンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君 たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、で もそれが紛れもない真実なんです。

 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感 を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だから それ以外のことは全て、二の次でいい。

PART 7. STAY HUNGRY, STAY FOOLISH

 私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。

 それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌 面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきも ので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。

 スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。

 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度 は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stayfoolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」

 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

Stay hungry, stay foolish.

ご清聴ありがとうございました。

 


the Stanford University Commencement address by Steve Jobs CEO, Apple Computer CEO, Pixar Animation Studios
翻訳 市村佐登美

----- Original Message 終了-----

「ヶ月」⇒「ヵ月」だけ直しました(笑)
※紹介したのは拙ブログの方が、10日だけ早いゾ。

アップルつながりで、もうひとつ。
先日、わたくしが担当する社内研修において「1年目の社員(営業)が4分間で自身のスローガンを発表する」という企画があったのですが、その中でこんなエピソードを紹介してくれた後輩がいました。

彼が、冬のボーナスを抱えて銀座のアップル・ストアに行った時のこと。店のスタッフに、初めてマックを買うこと、詳しいことは何も知らないことを正直に話したところ、そのスタッフが本当に楽しくマックの良さを話してくれたのです。結局、彼は当初の予算の倍購入してしまったそうです(笑)

購入の際に僕が言った「最初は不安だったが、Macがある生活が楽しみで仕方ありません」という一言に対して、 「概してWindowsユーザーは、スペックだとか価格といった教科書的な質問を投げかけてきます。しかしながら、アップルとしては、そうした内容やWindowsを引き合いに出すことなく、『もし、あなたがMacを買えば、こうした素晴らしい体験ができます。現に私もそうしています』といったように、率直に自分が大好きな製品についてありのままに語れば、お客さんが魅了されて購入してくれます。アップル好きな私にとって、最高の仕事ですよ。」といったことでした。

彼は、そうしたスタッフの態度にさらに感銘を受け、そういう「最高の仕事」を自分もしたい、と語ったのでした。自分の担当するクライアントの商品やサービスのいいところを見つけて、それを語りかけ売上につなげる。それが広告会社の営業の理想なのだと、わたくしも思います。

皆さんも自分がやって好き なことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底か ら満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、 好きなことを仕事にすることなんですね。

労働組合的に言ってしまえば、働くということは「自身の労働力を経営者に売って、その対価として賃金を得る」だけのことですけれど、一生のうち大きな部分を占める長い期間を「喜びと誇りと、使命感と達成感」が得られる仕事についたほうが、人生楽しいに決まってるではあーりませんか。

Stay hungry, stay foolish.

Wholeearth (写真は、秋山東一さんのBlogから)

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(業務連絡)

ジョッキ生の制作は、電通-電通テックでした。

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5度目の「卒業おめでとう!」。そして──

どうでもいい話を2つ。

3/21 Today 今年の春分の日は今日……誰が決める?

そんなもん、科学的に決まっていることだ、というのは間違いなのです。祝日としての春分の日は、内閣総理大臣が決めるのです

春分の日・秋分の日には、昼と夜の長さは同じになるの?

春分では昼夜の長さがほぼ同じになる。しかし、実際には、昼の方が夜よりも長い。日本付近では、年による差もあるが、平均すれば昼が夜よりも約14分長い。

それはさておき。いよいよ春ですね、桜も咲き始めました。街には袴姿の学生さんを見かけるようになりました。月並みなコトバですが、春は「別れと出会いの季節です」ね。

この活動『広告業界就職フォーラム』が6年目のシーズンに入って、もう半年近くがたちましたが、卒業生にメッセージを贈るのは今年が5回目になります。過去のメッセージは以下のとおり。もちろん全てブログ『広告業界就職ノススメ。』の著者「とおりすがりの業界人」氏の筆(キータッチ)によるものです。(書籍には収録されていません)

ゼッケンナンバー、「03」。~新社会人になる「03」の方々へ~

旅立ちの日に。~04生に贈る言葉~

名刺の色。(05生向け)

続けること、続いていくこと。(06生向け)

この中で最もわたくしが好きなコラムは最初のゼッケンナンバー、「03」。です。当時(2003.03.25)はまだブログもスタートしておらず(ススメ。初のエントリーは、2003年12月21日です)最近リニューアルした「就職課掲示板」が昔のスタイルの時にアップされたものです。特に最後の文章が心に響きます。

社会人としてはまだまだ半人前の時期でもあり、辛いこともあるでしょう。しかし、人に役に立つという実感が、人生の辛さをやわらげてくれることもあります。またみなさん自身が労協や就職活動を通じて絆をつくった仲間たちは、必ずかけがえのない存在でありつづけると思います。忙しい仕事の中でも自分を見失わず、就職活動での先輩の言葉がどれだけ自分を励ましてくれたかということを思い出し、今後も労協のHP、活動に協力していっていただきたいと思います。

これは、すべての労協スタッフの思いでもあります。実は、もうひとつ付け加えておきたい事があります。それは 旅立ちの日に。~04生に贈る言葉~の最後に書かれている言葉──

広告協のボランティア活動が教師と違うところは、「送り出している」ようで実は「迎えている」ということです。04というゼッケンをつけた卒業生を、そのまま04というゼッケンをつけた新入社員として、私たち自身がこの業界に迎えいれるのです。

それだけではなく。07生のみなさんが全て社会人としてデビューする、ということです。メーカーのデザイナーとして卒業したOGが、内定祝賀会でホントにゼッケンナンバー付きの名刺を作ってきてくれたこともあります。実際、労協の活動を通じて卒業し、結果広告業界に入らなかった人の中でもずっとこの活動を支えてくれる労協OB・OGもいらっしゃいますし、新社会人として他業界に就職した後、新たに広告業界へ転職してくれた先輩もいます。英語でも実社会のことは「real world」と言います。

Welcome aboard! “real world”

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「CBL」(カスタマー・ビバレッジ・ランドスケープ)とは?

コカ・コーラ、心理学に着目して消費者を分析 (日経情報ストラテジー発ニュース):NBonline(日経ビジネス オンライン)から。【要無料登録】

(自分のためのメモでもあります。いやあ、ブログって便利^^)

通常、飲料市場をとらえる際には商品カテゴリーが重視される。同社製品には炭酸やコーヒー、お茶といったカテゴリーが存在する。もしくは消費者を区分することで市場を把握する方法もある。男性向け、10代向けというようにデモグラフィックス(人口統計学的)属性で分けるやり方だ。

CBLとは、こうした商品カテゴリーやデモグラフィックス属性ではなく、消費者が飲料を飲む際の動機や欲求といったサイコグラフィックス(心理学的)属性で、市場を捉えるものだ。日本コカ・コーラは今後、「気分一新」「食事との相性」といった19種類の「ニードステート」と呼ばれる動機の状態で市場を分割する。

へー。元来わたくしは、とちらかというと 「マーケティングには、興味がない。」(爆)ほうなんですが、こういうのは面白いですね。今後の展開が楽しみです。マーケに興味のある労協生さんはもっと研究するとよいでしょう。

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『けなす技術』──広告は『褒める技術』──。ジャーナリズム+広告=マスコミ

025159540000_1 けなす技術 俺様流ブログ活用法
(山本一郎著/\1,575/ソフトバンクパブリッシング)

切込隊長こと山本一郎氏(以下切隊)の手によるブログ解説本です。そこにとどまらず、ネットにおける玉石混交の議論も手際よくまとめられており、軽妙な文体もあってスラスラと読める本となっています。何よりわかりやすいし、おもしろい本です。

「インターネットとは基本的に文字だけのメディアである」と言い切り「意見というのものは、その人単独のものではなく」て「日本固有の文化によって育まれてきた価値観の中に温かく包まれて形成されている」と述べる切隊の態度はまたレガシーなメディアでネットを無理解のまま批判する知識人よりも、はるかに水準が高いと思います。

ジャーナリストとは批評家のことである、と書いたのは亀井勝一郎ですが、その意味で切隊の「けなす技術」はいつの時代でも有効なスキルといえるかもしれせん。(なんちて)

●亀井勝一郎(文芸評論家)のことば
 ほめられると、それが誤解からであっても、自分は理解されたと思いこむ。
 けなされると、それが正しい理解からであっても、自分は誤解されたと思いこむ。

(ここまで“review-japan”「BOOK DARTS」から抜粋・修正・転載)

一方、広告は基本的に「商品やサービスのいいところを褒める」ものでありまして、これが「社会や経済の事柄を報じ、時に批判する」ジャーナリズムと同じ媒体(メディア)に載るところがマスコミの面白いところであり、不思議なところでもあります。

両者は常に両輪であって、牽制しあいつつも互いの存在を補完する(べき)ものであるというのが、わたくしの持論なのですが、昨今の報道や事件を見ているとややそれが失われつつあるというか毀損されている気がして非常に残念な想いがあります。PRなどはまさにこの両者が健全であってはじめて成立する活動だと思いますし、この点で「ある対象の悪いところを探す能力」だけを発揮してもダメなんだ、という梅田もっちーの意見にも賛同するものであります。↓

(ご参照:My Life Between Silicon Valley and Japan - 直感を信じろ、自分を信じろ、好きを貫け、人を褒めろ、人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ。)

で、人を褒めるスキルを向上させる方法の一つが「紹介文を書く」ことですよ、と。(しつこい?^^)

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Dentsu’s 10 Working Guidelines

GIGAZINEに、電通鬼十則(でんつうおにじっそく)のエントリーがありましたので、ついコメント。英語版があるのはご存知でしたか?

1.Initiate projects on your own instead of waiting for work to be assigned.

2.Take an active role in all your endeavors, not a passive one.

3.Search for large and complex challenges.

4.Welcome difficult assignments. Progress lies in accomplishing difficult work.

5.Once you begin a task, complete it. Never give up.

6.Lead and set an example for your fellow workers.

7.Set goals for yourself to ensure a constant sense of purpose.

8.Move with confidence. It gives your work force and substance.

9.At all times, challenge yourself to think creatively and find new solutions.

10.When confrontation is necessary, don’t shy away from it. Confrontation is often necessary to achieve progress. 

わたくしは、(9)がいちばん好きですね。というか、これが自分に欠けているところだと思うので。そもそも「スローガン」というのは、自分を叱咤激励するためにあるもので、最初からできるなら唱える必要なんて全くないわけです。これは持論ですが第四代吉田社長は決してスーパーマンではなくて「自分に厳しい人」であったと思うのです。10個軽がると行える人は言葉にしたりしないはずです。人間の弱いところをあえて表現するとこうなる、ということなのでしょう。

ですから、裏なんとかに思わず頷いてしまうというのも当たり前の話で、面白くも何ともない。望さんには悪いけれど(笑) 同時に、このコトバを残したときに「一生の恥」であると謙遜し、社員に押し付けることは決してなかったという吉田秀雄氏の人柄に感動するわけです。これを金科玉条のように崇めるのは彼の本意ではないと、わたくしは思うのです。

むしろ今回GIGAZINEが改めて紹介してくれた「責任三カ条」こそコミュニケーションの真髄だと思います。特に(1)が。

1. 命令・復命・連絡・報告は、その結果を確認しその効果を把握するまではこれをなした者の責任である。その限度内に於ける責任は断じて回避出来ない

わたくしが当ブログで最初に引いた大野晋さんの言葉

「自分の思うところをaと表現したとき、相手がa’と取ったとしたら、分からない表現をした自分が悪い。相手がaと取れるように、aとしか取れないような形式を選び出して表現することを心がけなくてはならない。言葉とは天然自然に通じるものではなくて、相手に分かってもらえるように努力して表現し、相手をよく理解できるようにと努力して読み、あるいは聞く。そういう行為が言語なのだと私は考えています」

コミュニケーションにとっていちばん大切なのは「謙虚さ」、そして「努力」。なんと深い言葉でしょうか。だからこそ難しいし、面白いし、通じ合ったときの醍醐味にやりがいを感じるのです。

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稽古は大根役者と思え。幕が上がれば千両役者と思え

先日(3/13)高知空港で胴体着陸した全日空機のパイロットの評価が高いようです。技量のみならず、状況に応じて乗務員だけでなく乗客に対しても的確なコミュニケーションをはかったことも報じられています。

この事故に関連して、3/14付けの読売新聞のコラム「編集手帳」がたいへん印象深かったのでご紹介します。

舞台人の心構えに、「稽古(けいこ)は大根役者と思え。幕が上がれば千両役者と思え」という。まだ下手だ、まだ足りないとひたむきに稽古し、いざ本番となれば一転、揺るがぬ自信を胸に舞台を勤めよ、と

この言葉は、そのままプレゼンテーションの心構えだと感じました。事前の準備は怠りなく、細心の注意をはらって、本番では大胆に自信をもってアピールする。逆にダメなプレゼンというのは「この辺でいいだろう。なんとかなるさ」と本番に臨み、厳しい局面で「迫力も粘りもない」プレゼンとなって奈落の底に落ちる、と(笑)

笑いごとではないんですよ。プレゼンテーションというのは、課題となっている商品やサービスの「いいところ」を見つけて(マーケティング:what to say)、それを「どう表現するか」(クリエーティブ:how to say)を一気通貫で説明する芝居のようなものです。(ご参照>広告業界就職ノススメ。: 「添削」と、「ダメ出し」。上記のことは面接においても全く同様なんですね。

広告労協の模擬面接会で、根拠のない自信をもって臨み、文字通り臨死体験を味わった労協生は少なくありません。ちょうど今、第一次の面接ラッシュが始まろうとしています。ぜひ「万全の稽古(訓練)を積んで、本番の息詰まる緊張のなかで冷静にして沈着、千両に値する」自己のプレゼンテーションを行ってください。

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