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LISApapaコメント集から(2)「右脳」の話を持ち出す人は、頭が悪い。(長文)

「悪い」というより、むしろ「無知」なだけかもしれません。実は結構、広告業界においても、この喩えが好きな人が多いんですね。困ったことに。

脳機能局在論 - Wikipedia から

脳機能局在論でよくある非科学的俗説として右脳・左脳論がある。これは左側が言語や論理的思考の中枢であり、右側が映像・音声的イメージや芸術的創造性を担うとし、例えば理屈っぽい人物は左脳優位、芸術肌の人物は右脳優位だとする説であるが、単純かつステレオタイプな解釈であり、そのほとんどは科学的な知見からかけ離れた通俗心理学に類するものであると批判されることが多い。

もう一つ引きます。右脳左脳はトンデモだったのか: ホットコーナーの舞台裏 (マイクル・クライトン著「恐怖の存在」(早川書房) 下巻P214-P215)から

「科学者に見かぎられてだいぶたってからも、延々と一般大衆に愛好される観念 がある。左脳・右脳の話などはその典型じゃ。1970年代に一世を風靡したろう?  きっかけはカルテックのスペリーが発表した研究じゃった。あのときスペリーは、特定のグループの脳を脳梁の切断手術を受けた患者の脳だけを研究対象としておった。スペリーの発見した結果は、この種の患者以外に適用でき るものではなかったんじゃ。じっさい、スペリー自身、この種の患者以外への適用を否定しておる。1980年代までには、左脳・右脳学説がまちがってい ることははっきりしておった。分割されていない脳において、左脳と右脳が独立して働くことはないんじゃよ。それなのに、世の中では、この観念はその後20年を経てなお滅んではおらん。世の連中は、いまなお、左脳と右脳説を騙 り、信じこみ、本に書いておる。科学者がまちがっているとして捨て去ってか ら、20年以上もたっているのにじゃ」

とどめは、人口知能、ロボット工学の世界的権威 金出武雄 曰く

計算と人間の感情はそもそも違うという証拠に、左脳と右脳をもち出す人がいる。これははっきりとわからないことを、わからないままにする論法の一つである。私に言わせれば、左脳、右脳というのは能力の局在、あるいは能力のカテゴリゼーション(範疇分け)にすぎない。情報処理の観点からすれば、何の差もない。

「大脳右半球は左半身の運動と知覚を、小脳右半球は右半身の巧遅運動を司っている」これは事実です。しかし「右脳を活性化させれば、イメージ力や感性が向上する」というの事実ではありませんし、「左手を使ったら右脳が発達する」ということが証明されたこともないのです。
「右脳的」「左脳的」という言葉を使う人は、そこで「感覚的」「論理的」と同義で使用している“だけ”で、脳の話を持ち出すことによって何となく説得力を増そうとしているに過ぎません。科学や医学を装って、信頼性を高めようという魂胆に自ら気づいていないというか“酔っている”だけだと思います。
「分からないことは、分からない」とするのが本来の科学のあり方であって

とんでもなく複雑な問題を解決するにあたって、ある仮説をきわめて粗雑に適用し、いかにももっともらしい説明をすることは、良く言えば知的怠慢ですし、悪く言えば恥ずべき無知なのではないでしょうか。(ガブリエル・ドーヴァー)

人間の脳という、宇宙のような存在を上記のように扱うことは実はまったく無意味なのです。もちろん最新の脳科学の発見には目覚ましいものもあります。たとえば「海馬」の研究においては、この俗説とは逆の結果さえ出ているのです。“「脳の中の宗教をつくる回路(神様を感じる場所)は、左半球の側頭葉にある」”

「脳からすべてがはじまる」なんて当たり前のことをしゃあしゃあと語る程度の低い学者が持て囃される時代はいつまで続くのでしょうか(笑)

LISApapaコメント集 - 「右脳」の話を持ち出す人は、頭が悪い。を加筆修正。

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