LISApapaコメント集から

「右脳」の話を持ち出す人は、頭が悪い。(再)

何度も同じこと言わせるんじゃない。>AERA右脳と左脳を使い分ける 「転脳」で世界を2倍に広げる<お前が低脳(笑)

「悪い」というより、むしろ「無知」なだけかもしれません。実は結構、広告業界においても、この喩えが好きな人が多いんですね。困ったことに。

脳機能局在論 - Wikipedia から

脳機能局在論でよくある非科学的俗説として右脳・左脳論がある。これは左側が言語や論理的思考の中枢であり、右側が映像・音声的イメージや芸術的創造性を担うとし、例えば理屈っぽい人物は左脳優位、芸術肌の人物は右脳優位だとする説であるが、単純かつステレオタイプな解釈であり、そのほとんどは科学的な知見からかけ離れた通俗心理学に類するものであると批判されることが多い。

もう一つ引きます。右脳左脳はトンデモだったのか: ホットコーナーの舞台裏 (マイクル・クライトン著「恐怖の存在」(早川書房) 下巻P214-P215)から

「科学者に見かぎられてだいぶたってからも、延々と一般大衆に愛好される観念 がある。左脳・右脳の話などはその典型じゃ。1970年代に一世を風靡したろう?  きっかけはカルテックのスペリーが発表した研究じゃった。あのときスペリーは、特定のグループの脳を脳梁の切断手術を受けた患者の脳だけを研究対象としておった。スペリーの発見した結果は、この種の患者以外に適用でき るものではなかったんじゃ。じっさい、スペリー自身、この種の患者以外への適用を否定しておる。1980年代までには、左脳・右脳学説がまちがってい ることははっきりしておった。分割されていない脳において、左脳と右脳が独立して働くことはないんじゃよ。それなのに、世の中では、この観念はその後20年を経てなお滅んではおらん。世の連中は、いまなお、左脳と右脳説を騙 り、信じこみ、本に書いておる。科学者がまちがっているとして捨て去ってか ら、20年以上もたっているのにじゃ」

とどめは、人口知能、ロボット工学の世界的権威 金出武雄 曰く

計算と人間の感情はそもそも違うという証拠に、左脳と右脳をもち出す人がいる。これははっきりとわからないことを、わからないままにする論法の一つである。私に言わせれば、左脳、右脳というのは能力の局在、あるいは能力のカテゴリゼーション(範疇分け)にすぎない。情報処理の観点からすれば、何の差もない。

「大脳右半球は左半身の運動と知覚を、小脳右半球は右半身の巧遅運動を司っている」これは事実です。しかし「右脳を活性化させれば、イメージ力や感性が向上する」というの事実ではありませんし、「左手を使ったら右脳が発達する」ということが証明されたこともないのです。
「右脳的」「左脳的」という言葉を使う人は、そこで「感覚的」「論理的」と同義で使用している“だけ”で、脳の話を持ち出すことによって何となく説得力を増そうとしているに過ぎません。科学や医学を装って、信頼性を高めようという魂胆に自ら気づいていないというか“酔っている”だけだと思います。
「分からないことは、分からない」とするのが本来の科学のあり方であって

とんでもなく複雑な問題を解決するにあたって、ある仮説をきわめて粗雑に適用し、いかにももっともらしい説明をすることは、良く言えば知的怠慢ですし、悪く言えば恥ずべき無知なのではないでしょうか。(ガブリエル・ドーヴァー)

人間の脳という、宇宙のような存在を上記のように扱うことは実はまったく無意味なのです。もちろん最新の脳科学の発見には目覚ましいものもあります。たとえば「海馬」の研究においては、この俗説とは逆の結果さえ出ているのです。“「脳の中の宗教をつくる回路(神様を感じる場所)は、左半球の側頭葉にある」”

「脳からすべてがはじまる」なんて当たり前のことをしゃあしゃあと語る程度の低い学者が持て囃される時代はいつまで続くのでしょうね。

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卒業おめでとう。-その2-

(06-Oct.-2011)

ジョブス氏の訃報に接し、心から哀悼の意を表します。

──Contact with the funeral of Mr. Jobs, represents a sincere condolences.

この世界からの卒業おめでとう! そして、ありがとう。

──Happy graduation from this world! And thank you.

(あってる?w)

----- Original Message -----

我ら、地域の仕掛け人!(小野晃司 ) から。有名な「スティーブ・ジョブスのスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ(翻訳 市村佐登美)」です。ちょっと長いんですが全文いきまーす。

----- Original Message -----

PART 1. BIRTH

 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。

 本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。

 私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヵ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ? ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。

 私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくて は、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私が ポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の 両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えま した。

 しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出てい ないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したの で、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

PART 2. COLLEGE DROP-OUT

 こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタン フォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6月も過ぎた頃に は、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてく れるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信 じてね。

 そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だっ て退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんで すからね。

 夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラ の瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレク リシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。

 しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。
 ひとつ具体的な話をしてみましょう。

PART 3. CONNECTING DOTS

 リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至る ところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。も う普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。

 セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしい フォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私 はすっかり夢中になってしまったんですね。

 こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って 最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組 み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。

 もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただ ろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったこ とになります。

 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。

 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
 もちろん大学にいた頃の私に は、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見 えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げ ることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の 心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

PART 4. FIRED FROM APPLE

 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。

 私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを 始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になり ました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになった んです。

 自分が始めた会社だろ? どうしたらクビになるんだ? と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップル が大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうこ とです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。

 自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヵ月はどうしたら いいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、 そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人 ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。

 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでし た。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんで す。

 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということ が分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わ りに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。

 それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。
 ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。

 思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。

 アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の 薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り 投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好き なことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底か ら満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、 好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかる とすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけな い。

PART 5. ABOUT DEATH

 3つ目は、死に関するお話です。

 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って 生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在 に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私 は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。

 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常 に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や 挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に 大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限 り最善の防御策です。

 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。
              
PART 6. DIAGNOSED WITH CANCER

 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。

 医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3月から6月、それ以上 の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符 牒)です。

 それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。 それはつまり、さよならを告げる、ということです。

 私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を 突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静 剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありが たいことに今も元気です。

 これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。

 以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経 験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに 行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、 そうあるべきことだら、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェ ンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君 たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、で もそれが紛れもない真実なんです。

 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感 を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だから それ以外のことは全て、二の次でいい。

PART 7. STAY HUNGRY, STAY FOOLISH

 私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。

 それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌 面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきも ので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。

 スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。

 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度 は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stayfoolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」

 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

Stay hungry, stay foolish.

ご清聴ありがとうございました。

 


the Stanford University Commencement address by Steve Jobs CEO, Apple Computer CEO, Pixar Animation Studios
翻訳 市村佐登美

----- Original Message 終了-----

「ヶ月」⇒「ヵ月」だけ直しました(笑)
※紹介したのは拙ブログの方が、10日だけ早いゾ。

アップルつながりで、もうひとつ。
先日、わたくしが担当する社内研修において「1年目の社員(営業)が4分間で自身のスローガンを発表する」という企画があったのですが、その中でこんなエピソードを紹介してくれた後輩がいました。

彼が、冬のボーナスを抱えて銀座のアップル・ストアに行った時のこと。店のスタッフに、初めてマックを買うこと、詳しいことは何も知らないことを正直に話したところ、そのスタッフが本当に楽しくマックの良さを話してくれたのです。結局、彼は当初の予算の倍購入してしまったそうです(笑)

購入の際に僕が言った「最初は不安だったが、Macがある生活が楽しみで仕方ありません」という一言に対して、 「概してWindowsユーザーは、スペックだとか価格といった教科書的な質問を投げかけてきます。しかしながら、アップルとしては、そうした内容やWindowsを引き合いに出すことなく、『もし、あなたがMacを買えば、こうした素晴らしい体験ができます。現に私もそうしています』といったように、率直に自分が大好きな製品についてありのままに語れば、お客さんが魅了されて購入してくれます。アップル好きな私にとって、最高の仕事ですよ。」といったことでした。

彼は、そうしたスタッフの態度にさらに感銘を受け、そういう「最高の仕事」を自分もしたい、と語ったのでした。自分の担当するクライアントの商品やサービスのいいところを見つけて、それを語りかけ売上につなげる。それが広告会社の営業の理想なのだと、わたくしも思います。

皆さんも自分がやって好き なことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底か ら満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、 好きなことを仕事にすることなんですね。

労働組合的に言ってしまえば、働くということは「自身の労働力を経営者に売って、その対価として賃金を得る」だけのことですけれど、一生のうち大きな部分を占める長い期間を「喜びと誇りと、使命感と達成感」が得られる仕事についたほうが、人生楽しいに決まってるではあーりませんか。

Stay hungry, stay foolish.

Wholeearth (写真は、秋山東一さんのBlogから)

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「CBL」(カスタマー・ビバレッジ・ランドスケープ)とは?

コカ・コーラ、心理学に着目して消費者を分析 (日経情報ストラテジー発ニュース):NBonline(日経ビジネス オンライン)から。【要無料登録】

(自分のためのメモでもあります。いやあ、ブログって便利^^)

通常、飲料市場をとらえる際には商品カテゴリーが重視される。同社製品には炭酸やコーヒー、お茶といったカテゴリーが存在する。もしくは消費者を区分することで市場を把握する方法もある。男性向け、10代向けというようにデモグラフィックス(人口統計学的)属性で分けるやり方だ。

CBLとは、こうした商品カテゴリーやデモグラフィックス属性ではなく、消費者が飲料を飲む際の動機や欲求といったサイコグラフィックス(心理学的)属性で、市場を捉えるものだ。日本コカ・コーラは今後、「気分一新」「食事との相性」といった19種類の「ニードステート」と呼ばれる動機の状態で市場を分割する。

へー。元来わたくしは、とちらかというと 「マーケティングには、興味がない。」(爆)ほうなんですが、こういうのは面白いですね。今後の展開が楽しみです。マーケに興味のある労協生さんはもっと研究するとよいでしょう。

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血液型で性格は判断できない、ということ。

名コラム「広告業界就職ノススメ。: 健康診断するということは、内定したということ。」 に、

要するに、「健康診断はあくまで採用後の適性配置・健康管理のためにするものであり、採用決定のために実施するものではない。結果として就職差別につながる恐れがあるので、血液検査を採用時に実施するときには慎重にしてほしい。」という見解を、労働省(当時)が出したということです。いいかえれば、内定を出した後に、従業員に実施する健康診断と同様の位置づけで実施しろということになります。

という記述があります。ちょっと次元は違うのですが「血液型で性格は判断できない(参考にすらならない)ということ。」を述べたいと思います。幸い、わたくしの知る限り広告会社の選考に当たって「ABO血液型」を参考にしている会社はないのですが。(もし、あったら教えてくださいネ)

まずは、血液型と性格は関係があるか? というweb頁をご参照ください。冒頭に「結論」として、こうあります。

医学的・心理学的に血液型と性格の間には関連がない。血液型性格関連説は、差別・偏見を生む大変な問題である。

ここに書いてあることに加えて、補足することが3つだけあります。

(1)医学の常識。

ABO血液型というのは、赤血球と血清との凝集反応をもとにした型の分類のことですが、赤血球は血液の成分の中でも最も大きなものであり、それは血液脳関門を通過できないのです。映画『ハンニバル』をご覧になった方もお分かりだと思うのですが「脳は白い」んです。そもそも「脳に赤血球が到達していないのに、それが性格と関連があるはずがない」じゃありませんか? もっとも「いや、心は脳ではなく心臓にある」と反論する人が(仮に)いたとしても、それは「臓器移植にあたって、免疫系(白血球)の違いは関与があるけれど、ABO血液型は無関係」であることを考えれば、答えは明らかでしょう。

(2)「有る」ことと「無い」ことはどう違うのか。新しい法則を見出す時に取るべき科学的態度とは?

上記のようなことを言うと、必ず「科学的医学的に証明されていなくても、『関係ない』ということは証明されていないのだから、可能性を否定することはできないんじゃないですか?」と反論する人が出てきます。岡山大学で心理学を教授されている長谷川芳典先生が、自身の「じぶん更新日記1998年9月24日」でこう述べています。

デジタル技術の進歩のせいかどうか分からないが、ともすれば、「無い」を「0」、「有る」を「1」というように、排他的に物事をとらえがちである。この論法でいけば、「無い」を否定すればすべて「有る」ということになるのだろうが、現実はそんなに単純ではない。 未知の生命体とか新しい法則を見出す時に取るべき科学的態度は、「とりあえずは無い」という帰無仮説を立てた上で、「有る」という可能性のある事象を徹底 的に検証し、偶然とは言い難い存在なり特徴が安定的に確認されたときに初めて、その事象に限って「有る」という結論を下すのである。

別の例をあげれば、こういうことです。「UFO」というのは実在します。なぜならUFOとは「未確認な飛行物体」のことで、それは過去の事実として記録されているからです。しかし「UF0には宇宙人が乗っている」ということが実証されたことはありませんよね。「いや、私は人類より知性の高い生命体がUFOに乗って地球に来ていることを“信じて”います」という人がいても構いません。信じる信じないは個人の自由ですから。

「血液型と性格は関係がない」ということを、証明する必要はないのです。証明する必要があるのは「ある」という仮説を持った人たちであり、彼らが再現可能な事実によってのみ「関係がある」ということを立証できるのです。それまでは「とりあえずは無い」と認めることが、知性ある人間の態度というものです。

(3)統計学の基本とは?

「ある調査の結果、血液型と性格に関連があるということが分かりました」という場合には、大きく2つの欠陥があります。ひとつは調査の基本がなっていない、ということ。もうひとつは、この血液型ステレオタイプ化が浸透してきているという事実です。「A型の人がますますA型的性格になるという変化が、穏やかながらもここ数十年で生じてきている」という報告もあるくらいです(笑)←こんなバカバカしいことが起こっているのは、日本(と韓国だけ)です。

“破壊と創造という過程を考え、そう実行している人(奥田碩・経団連前会長の小泉評)”のどこが、“A型は、周囲との和を大切にする慎重派タイプ(一般的なA型タイプ)”なんでしょうか? しかしながら、首相官邸HPで総理のプロフィールとして「血液型」が記述される(ちなみに晋ちゃんはB型だそうですよ:“マイペースで行動的な自由人タイプ(一般的なB型タイプ)”←どこが!w)……、某民間放送の野球中継で選手の成績とともに血液型が表示される……。「輸血時に必要だからという理由ではないはず。」(笑) この国の風土は異常ですね~

極めて個人的な話になりますが、先日小学生の娘が肺炎に罹りまして血液検査をしたらO型でした。わたくしがA型(AO)で母親がO型ですから、当たり前なんですけれど。彼女に「血液型と性格は関係ないんだからね」というと「そんなことないよー、雑誌にも書いてるし皆言ってるもん」。あのねえ──(以下略)

話を最初に戻しますと。「広告業界就職ノススメ。: 内定前の健康診断問題」 は、広告労協の活動らしいシリーズなので、一度(就活生だけではなく)採用ご担当者及び人事担当役員にはぜひ読んでいただきたいところです。

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LISApapaコメント集から(3)サンタの赤い服のイメージはコカ・コーラ社が作った、は俗説。

I wish you a Merry Christmas!

ということで、もうすぐサンタさんが来る時間ですが──。

クリスマス・イヴ - Wikipediaから

現在のサンタクロースの赤い服などのイメージは、コカ・コーラ社が作ったものだという説がある。 しかしながら、コカコーラ社が宣伝に起用する1931年の15年以上前の1914年には日本の『子供之友』に赤い帽子に白い髭、白い縁取りのある赤い服を着た現代とまったく違いのないサンタクロースの姿が描かれており、また、この時代の日本で作られていた輸出用のサンタクロース人形はこの姿であり、「コカコーラ社を起源とする説」は完全な間違いである(出典:『クリスマス~どうやって日本に定着したか』角川書店)

というか、サンタさんはいるんですけど(笑)

それと、今年は大分減りましたね、誤記

(追記)
広告に間違いがあってはいけませんが、ときにはこんな楽しいプロジェクトが生まれることもあります。

Norad

北アメリカ航空宇宙防衛司令部 - Wikipedia から
ノーラッドは毎年サンタクロースを追跡している。これの始まりは、子供の間違い電話によるものから始まった。 コロラドにあるスーパーが子供向けにサンタクロース・ホットラインを開設したときの広告に、間違えた電話番号を載せてしまったが、その番号は司令長官のホットラインだった。子供からの電話に大佐が「レーダーで調べた結果、サンタが北極から南に向かった形跡がある」と回答したのがはじまりとされる。

今までのサンタさん発見情報」。日本上空でのコメントも面白いですよ~

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LISApapaコメント集から(2)「右脳」の話を持ち出す人は、頭が悪い。(長文)

「悪い」というより、むしろ「無知」なだけかもしれません。実は結構、広告業界においても、この喩えが好きな人が多いんですね。困ったことに。

脳機能局在論 - Wikipedia から

脳機能局在論でよくある非科学的俗説として右脳・左脳論がある。これは左側が言語や論理的思考の中枢であり、右側が映像・音声的イメージや芸術的創造性を担うとし、例えば理屈っぽい人物は左脳優位、芸術肌の人物は右脳優位だとする説であるが、単純かつステレオタイプな解釈であり、そのほとんどは科学的な知見からかけ離れた通俗心理学に類するものであると批判されることが多い。

もう一つ引きます。右脳左脳はトンデモだったのか: ホットコーナーの舞台裏 (マイクル・クライトン著「恐怖の存在」(早川書房) 下巻P214-P215)から

「科学者に見かぎられてだいぶたってからも、延々と一般大衆に愛好される観念 がある。左脳・右脳の話などはその典型じゃ。1970年代に一世を風靡したろう?  きっかけはカルテックのスペリーが発表した研究じゃった。あのときスペリーは、特定のグループの脳を脳梁の切断手術を受けた患者の脳だけを研究対象としておった。スペリーの発見した結果は、この種の患者以外に適用でき るものではなかったんじゃ。じっさい、スペリー自身、この種の患者以外への適用を否定しておる。1980年代までには、左脳・右脳学説がまちがってい ることははっきりしておった。分割されていない脳において、左脳と右脳が独立して働くことはないんじゃよ。それなのに、世の中では、この観念はその後20年を経てなお滅んではおらん。世の連中は、いまなお、左脳と右脳説を騙 り、信じこみ、本に書いておる。科学者がまちがっているとして捨て去ってか ら、20年以上もたっているのにじゃ」

とどめは、人口知能、ロボット工学の世界的権威 金出武雄 曰く

計算と人間の感情はそもそも違うという証拠に、左脳と右脳をもち出す人がいる。これははっきりとわからないことを、わからないままにする論法の一つである。私に言わせれば、左脳、右脳というのは能力の局在、あるいは能力のカテゴリゼーション(範疇分け)にすぎない。情報処理の観点からすれば、何の差もない。

「大脳右半球は左半身の運動と知覚を、小脳右半球は右半身の巧遅運動を司っている」これは事実です。しかし「右脳を活性化させれば、イメージ力や感性が向上する」というの事実ではありませんし、「左手を使ったら右脳が発達する」ということが証明されたこともないのです。
「右脳的」「左脳的」という言葉を使う人は、そこで「感覚的」「論理的」と同義で使用している“だけ”で、脳の話を持ち出すことによって何となく説得力を増そうとしているに過ぎません。科学や医学を装って、信頼性を高めようという魂胆に自ら気づいていないというか“酔っている”だけだと思います。
「分からないことは、分からない」とするのが本来の科学のあり方であって

とんでもなく複雑な問題を解決するにあたって、ある仮説をきわめて粗雑に適用し、いかにももっともらしい説明をすることは、良く言えば知的怠慢ですし、悪く言えば恥ずべき無知なのではないでしょうか。(ガブリエル・ドーヴァー)

人間の脳という、宇宙のような存在を上記のように扱うことは実はまったく無意味なのです。もちろん最新の脳科学の発見には目覚ましいものもあります。たとえば「海馬」の研究においては、この俗説とは逆の結果さえ出ているのです。“「脳の中の宗教をつくる回路(神様を感じる場所)は、左半球の側頭葉にある」”

「脳からすべてがはじまる」なんて当たり前のことをしゃあしゃあと語る程度の低い学者が持て囃される時代はいつまで続くのでしょうか(笑)

LISApapaコメント集 - 「右脳」の話を持ち出す人は、頭が悪い。を加筆修正。

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LISApapaコメント集から(1)Googleに未来はない。

本日のフォーラムで紹介した関係でこちらに転載します。
「りさぱぱコメント集、と検索してください」とか言ってしまったのですが、「りさぱぱ」や「リサパパ」では出てきませんから。「RISApapa」でも違いますし。なぜなら「LISApapaコメント集」というタイトルだからなんですね(笑)
(ちなみに、“LISApapaでググると、もう一つ書評サイト“review-japan”の拙フォルダもランクされております)
ではコメント集2006-06-28 分から。こちらは個人的なblogなので「である・だ」文体ですし、一人称も「僕」になっています。
(以下転載)

Googleに未来はない。もちろん、はてなにもミクシィにもない。ヤフーにもないし、ニフティにもない。別に企業価値とか事業の将来性について述べようというのではない。インターネットの中に「未来」はない、ということだ。netにアップされたとき、すべての情報は過去のものになっている。さらに厳密に言えば「現在」ですらない。リアルライブカメラの映像でさえ、デジタルで圧縮-電送-解凍されたとき僅かなディレイが生じている。その意味で、アナログ放送の速さの方が限りなく光のスピードに近いといえる。将来、コンピュータが未来を高い確度で予知できるようになるかもしれない。が、それはSFの世界の話だ。

未来は予測するものではない、
①選び取るものである。(ヨアン・S・ノルゴー:デンマークの科学者) 
②未来は創造するものである。(アラン・ケイ)
僕は②の方が好きだな。

そう。僕がSFを好きなのは、サイエンス(「これこれが分かった。すると、これができるはず」)とフィクション(「かくあれ」または「こうあってほしい」「こうだと面白い」)にのみ「未来」があるからだ。ヒトは直立歩行するようになったサルの仲間だが、立ったことにより声帯が喉の奥に下がって言葉が話せるようになり、手を自由に使えるようになって道具を発明することができ、文字や絵をかくことが可能になった。そして言葉によって思考することで、将来を予測し、夢を見て、自らの手で未来を創ってきた。それが人類の歴史である。

netそのものは、データベースでありインフラであり、ファウンデーションに過ぎない。道は人を前に進ませることはできるが、道自身が未来を創造することはない。「YouTube」は面白いし刺激的なサイトだが、それが楽しいのはコンテンツであり、真に尊敬され報酬を得られるのは、オリジナルな作品をつくった者であるべきだ。

未来をつくるのは、クリエーティビティ(創造力)とアイデア(夢や理想)を持った人間だけだ。だから、 Googleであれなんであれ、netなんか使い倒せばいいし、どんなにサービスが増えても、データベースが蓄積されてもなんら恐れる必要はない。 Googleの中に「未来」はない。この世界は、僕らが(協力して)創り上げていくものなのだ。(転載終了)

(追記)

コメントありがとうございます。

グーグル村上社長に聞く、「グーグル脅威論」は時代遅れ?インターネット-グーグル覇権に挑む:IT-PLUSでも、村上社長ご自身が

――マスメディアなどコンテンツ業界はグーグルによる「無料化」を恐れている(という記者の質問に)

 検索対象が画像、ニュース、動画、本などと拡大してきただけ。グーグルが自らコンテンツを抱えることはない。ポータルサイトと違って、コンテンツに対する「目次」の機能すらない。

と答えています。

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