過去のエントリー再放送

このブログの使い方(再)

みなさん、こんにちは。挨拶専用85です。このブログの更新は今ほとんど止めています。
ブログはリアルな日記と違って最初の頁から読む、というわけにはいきません。最新のエントリーから辿っていくことになりますので、簡単なガイダンスを再び書いておきたいと思います。

・カテゴリーの有効活用を。
 先に述べたように一覧性の低いブログにあっても、エントリーの右側に、
Categories があります。こちらをご活用ください。

まず、2007年1月から毎月分をグループ化しています。

(5月から7月の3ヵ月間は休止)

最も重要なカテゴリーは、2つ。
です。一つのエントリーで複数のカテゴリーをチェックしていますが、わたくしの言いたいことは、ほぼここに収録されています。その他では、
が一番情報量が多いかもしれません。
今後ともご愛読の程よろしくお願いいたします。

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「右脳」の話を持ち出す人は、頭が悪い。(再)

何度も同じこと言わせるんじゃない。>AERA右脳と左脳を使い分ける 「転脳」で世界を2倍に広げる<お前が低脳(笑)

「悪い」というより、むしろ「無知」なだけかもしれません。実は結構、広告業界においても、この喩えが好きな人が多いんですね。困ったことに。

脳機能局在論 - Wikipedia から

脳機能局在論でよくある非科学的俗説として右脳・左脳論がある。これは左側が言語や論理的思考の中枢であり、右側が映像・音声的イメージや芸術的創造性を担うとし、例えば理屈っぽい人物は左脳優位、芸術肌の人物は右脳優位だとする説であるが、単純かつステレオタイプな解釈であり、そのほとんどは科学的な知見からかけ離れた通俗心理学に類するものであると批判されることが多い。

もう一つ引きます。右脳左脳はトンデモだったのか: ホットコーナーの舞台裏 (マイクル・クライトン著「恐怖の存在」(早川書房) 下巻P214-P215)から

「科学者に見かぎられてだいぶたってからも、延々と一般大衆に愛好される観念 がある。左脳・右脳の話などはその典型じゃ。1970年代に一世を風靡したろう?  きっかけはカルテックのスペリーが発表した研究じゃった。あのときスペリーは、特定のグループの脳を脳梁の切断手術を受けた患者の脳だけを研究対象としておった。スペリーの発見した結果は、この種の患者以外に適用でき るものではなかったんじゃ。じっさい、スペリー自身、この種の患者以外への適用を否定しておる。1980年代までには、左脳・右脳学説がまちがってい ることははっきりしておった。分割されていない脳において、左脳と右脳が独立して働くことはないんじゃよ。それなのに、世の中では、この観念はその後20年を経てなお滅んではおらん。世の連中は、いまなお、左脳と右脳説を騙 り、信じこみ、本に書いておる。科学者がまちがっているとして捨て去ってか ら、20年以上もたっているのにじゃ」

とどめは、人口知能、ロボット工学の世界的権威 金出武雄 曰く

計算と人間の感情はそもそも違うという証拠に、左脳と右脳をもち出す人がいる。これははっきりとわからないことを、わからないままにする論法の一つである。私に言わせれば、左脳、右脳というのは能力の局在、あるいは能力のカテゴリゼーション(範疇分け)にすぎない。情報処理の観点からすれば、何の差もない。

「大脳右半球は左半身の運動と知覚を、小脳右半球は右半身の巧遅運動を司っている」これは事実です。しかし「右脳を活性化させれば、イメージ力や感性が向上する」というの事実ではありませんし、「左手を使ったら右脳が発達する」ということが証明されたこともないのです。
「右脳的」「左脳的」という言葉を使う人は、そこで「感覚的」「論理的」と同義で使用している“だけ”で、脳の話を持ち出すことによって何となく説得力を増そうとしているに過ぎません。科学や医学を装って、信頼性を高めようという魂胆に自ら気づいていないというか“酔っている”だけだと思います。
「分からないことは、分からない」とするのが本来の科学のあり方であって

とんでもなく複雑な問題を解決するにあたって、ある仮説をきわめて粗雑に適用し、いかにももっともらしい説明をすることは、良く言えば知的怠慢ですし、悪く言えば恥ずべき無知なのではないでしょうか。(ガブリエル・ドーヴァー)

人間の脳という、宇宙のような存在を上記のように扱うことは実はまったく無意味なのです。もちろん最新の脳科学の発見には目覚ましいものもあります。たとえば「海馬」の研究においては、この俗説とは逆の結果さえ出ているのです。“「脳の中の宗教をつくる回路(神様を感じる場所)は、左半球の側頭葉にある」”

「脳からすべてがはじまる」なんて当たり前のことをしゃあしゃあと語る程度の低い学者が持て囃される時代はいつまで続くのでしょうね。

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クリエーティブ志望と、クリエーティブ志向は違う。(再)

広告業界就職フォーラム自治会掲示版で告知され、10/5に開催された関東自治会08生主催イベントで、あらためて感じたことを再びアップしたいと思います。(

志望動機と“きっかけ”は違うで申し上げたように、

採用する側が聞きたいのは、入りたい“きっかけ”ではなくて、あなたが「どれくらい広告業界に入りたい」と考えているか(という意欲)と、その“理由”をきちんとプレゼンテーションできる(能力がある)か、ということなのです

「広告が好きです」というのと「クリエーティブ*になりたいと思います」には、大きな隔たりがあるのです。(*「クリエーター」は和製英語。海外で自分のことを「クリエーターです」と言えば「お前は創造主か」と驚かれます。クリエーティブの仕事をする人のことはcreative(クリエーティブ)と言いいます。ちなみに電通グループだけが「クリエイティブ」と表記せずに「クリエーティブ」と書きます)

もちろん、わたくしは広告業界を志望する人すべてが「広告が好き」であって欲しいと思っています。クリエーティブこそ、わたくしたちの仕事の最終的なアウ トプットであり「クリエーティブ志向(こころざすこと。意向。指向。)=creativity:創造力、独創力」がなければ、営業であれマーケであれ、 媒体担当であれ務まらないと考えるからです。さらに言えば、総務・経理・人事といったいわゆる「総本社部門」に働く人であっても、広告に興味と関心がない 人が向いているとは思いません。もちろん人事異動もありますしね。(「広告業界の職種」参照のこと)

いっぽう「志望」というのは、まさに“こうなりたい、こうしたいと望むこと。こころざし。希望。”のことですから、ここで求められるのは「意欲」と「能力」そのものです。しかも、アート職(グラフィックのデザイナー)以外は美大卒である必要もないのです。そして普通は、クリエーティブ部門に配属するかどうかは会社の人事が決めるものであり、制作会社ではない総合広告会社のクリエーティブ部門で働きたかったら、まずその会社に入社するしかない、のです。それが基本です。

ゲーテが「できない理由は、3つある」と書いています。

なすべきことを欲しはするが、その能力がない。
なすべきことをなし得るが、意欲がない。
欲し、かつ なし得るが、何をすべきかを知らない。

人の能力というのは、さほど違いがあるものではありません。もちろん「天賦の才能」を持つ人は存在しますが、多くはみな普通の人です。特に「企業に就職して働こう」という者が天才であるはずがないではありませんか。

「何をすべきか」は学べばいいことです。そして「意欲」とはもちろん“物事を積極的にしようとする意志・気持ち。”のことですから、採用担当者や面接官が「最初はとりあえず営業で広告のことを知って、いつかはクリエーティブになりたい+ですwなんて書いたり言ったりする人に、積極性や意欲を感じると思いますか?

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志望動機と、“きっかけ”は違う。(再々)

11/18(日)開催『マスコミ就職フォーラム2009』の募集が始まりました。
「広告業界就職フォーラム 自治会掲示板」でも様々なイベントが告知されています。常々チェックしてくださいね。

さて本題。過去のエントリーを読むのはブログという形式上、面倒なこともあるので適宜「人気の高い(自画自賛^^)」エントリーを再放送していきたいと思います。2006.11.05初出、2007.02.09加筆修正なので、3回目。半年に1回アップしてますね(笑)

----- Original Message -----

「動機」を辞書で引けば、 “人が行動を起こしたり、決意したりする時の直接の(心理的な)原因・きっかけまたは目的。” とあり、「きっかけ」とは、 “物事を始めるための手がかりや機会。また、物事が始まる原因や動機。” となっています。

もう少し詳しく見てみましょう。「原因」とは “ある物事や状態を引き起こしたもとになった事・出来事。” ですから、「きっかけ」に近いと言えますが、わたくしは就活における「動機」というのは、むしろ「理由」を語るべきだと考えています。

それはつまり、“なぜそうなったかという筋道。また、なぜそうするかという根拠。わけ。事情。” のことです(すべて、三省堂提供「大辞林 第二版」goo辞書から) 。

たとえば志望動機を問われて、「わたしが小さい頃いじめにあった時、AC(公共広告機構)の『いじめをなくそう』キャンペーンのCMを見て、広告の “人を勇気づける力”を知りました。ですから私も、世の中を変えるメッセージをつくりたいと思っています」と答える学生さんは少なくありません(「いじめ」については、こちら。「AC」については、ひとつのエントリーをご参照)。

それでは短絡的過ぎるのです。たしかに「きっかけ」はそうかも知れません。しかし、そこから自分がどう考え行動してきたか、“なぜそうなったかという筋道。” “なぜそうするかという根拠。”を自分の言葉で話せなければダメなんです。

ひとこと「考えが足りない」と言われても仕方ありませんね。 それでは、どう考えればいいのでしょうか。先の例は突っ込みどころ満載なので、後ろから指摘すると、「メッセージをつくりたいと思っています」に関しては、どうしてCMプランナーになりたいのか。その業務内容を知っているのか、覚悟はあるのか。そのための努力しているのか。ということを、説得力を持って説明できなければなりませんし、

「広告の“人を勇気づける力”」は、そもそも何のために鍛えられてきたのか。公共広告と通常の広告とは、どう違うのか。どこが同じなのか。──そういった洞察と考察がなければ、それは単なるあなたの「願望」にしか過ぎません。

採用する側が聞きたいのは、入りたい“きっかけ”ではなくて、あなたが「どれくらい広告業界に入りたい」と考えているか(という意欲)と、その“理由”をきちんとプレゼンテーションできる(能力がある)か、ということなのです。

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ラジオ災害情報交差点(再掲)

あ”! きのう(9/1)の朝ラジオ聞くの忘れた~
ということで、分を再放送いたします。

 

わたくしは朝の通勤時によくラジオを聞いています(TBSかJ-WAVE)が、今朝(1/17)の9時前に放送された「ラジオ災害情報交差点」を聞いてちょっと感動しました。

ラジオ災害情報交差点 - Wikipedia から

 毎年1月17日の阪神・淡路大震災発生日と9月1日の防災の日の各局午前8時台の番組内にて約8分間の模擬番組を放送実施している。
 番組内容はリレー形式で各局の防災キャスターやアナウンサーが7局同時生放送で出演し各局の災害への取り組みを紹介している。また、各局が毎回持ち回りで幹事社となり、ライフライン各社の協力で災害への取り組みを紹介している。
 実際に大震災が発生した場合は1時間に一回(約10分程度)各局の持っている被災者に向けた情報を共有し全局で放送を実施する。

「電通報」2003年9月8日 から

  同震災では、地震の被害者に比べ、火事などによる2次被害者が多かったといわれ、適切な事前対策と正しい情報があれば、被害を最小限にできることから、災 害が起こる前の備え、起きた後の的確な情報の伝達が重要とされる。また、阪神大震災では、乾電池があれば聴けるラジオが、被害者の貴重な情報源となった。

最近、わたくしが興味を持っているテーマの一つに「メディアの公共性」というのがあります。まさにそれを考えさせる番組・取り組みでした。はたして 大地震が起こった時に、人は真っ先に「Googleでnet情報を検索したり」「2chで、知人や自分にとって大切な人の安否情報を確認しようと」するだ ろうか? ということですね。

かつて広告労協で実施した模擬面接会の際に「ラジオの活性化について」という課題を出したことがあります。その時、ラジオのデジタル化について語った人はいましたが、このテーマに触れた人はほとんどいなかったように記憶しています。

もちろん、電波メディアが素晴らしくてnetがダメということではありません。当時(12年前)は「日本でのインターネットの商用利用・個人利用は まだ始まったばかりだったが、パソコン通信ネットワーク(「NIFTY-Serve」(現@nifty)など)の掲示板や電子会議室が、被災者情報や大学 の休講状況などの情報交換に役立った。」とWikipediaにも書いてあります。n(信頼できる報道機関)対マス、の有効性も、n(個人)対n(個人) におけるネットワークの重要性も、ともに高いものであり並存可能だ、ということだと考えています。

そういった、込み入った議論は置いておいても。
ラジオ在京7局、NHKから民放のAM局、FM局とそれぞれのパーソナリティーがリレーして放送していく様は、その“人の声の温かさ”が何故か心を動かしてくれるのでした。

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志望動機と、“きっかけ”は違う。(再)

東京地区での模擬面接が始まりました。

※告知や連絡は、広告業界就職フォーラム 就職課掲示板で行いますので、つねにチェックしてくださいね。

先日、第1回の模擬面を実施して、わたくしのブログがあまり読まれていないことが分かりました。とくに過去のエントリーを読むのはブログという形式上、面倒なこともあるので適宜再放送していきたいと思います。(2006/11/05初出、加筆修正)

----- Original Message -----

「動機」を辞書で引けば、 “人が行動を起こしたり、決意したりする時の直接の(心理的な)原因・きっかけまたは目的。” とあり、「きっかけ」とは、 “物事を始めるための手がかりや機会。また、物事が始まる原因や動機。” となっています。

もう少し詳しく見てみましょう。「原因」とは “ある物事や状態を引き起こしたもとになった事・出来事。” ですから、「きっかけ」に近いと言えますが、わたくしは就活における「動機」というのは、むしろ「理由」を語るべきだと考えています。

それはつまり、なぜそうなったかという筋道。また、なぜそうするかという根拠。わけ。事情。” のことです。(すべて、三省堂提供「大辞林 第二版」goo辞書から)

たとえば志望動機を問われて、「わたしが小さい頃いじめにあった時、AC(公共広告機構)の『いじめをなくそう』キャンペーンのCMを見て、広告の“人を勇気づける力”を知りました。ですから私も、世の中を変えるメッセージをつくりたいと思っています」と答える学生さんは少なくありません。(「いじめ」と「AC」については、こちらこちらのエントリーをご参照)

それでは短絡的過ぎるのです。たしかに「きっかけ」はそうかも知れません。しかし、そこから自分がどう考え行動してきたか、“なぜそうなったかという筋道。” “なぜそうするかという根拠。”を自分の言葉で話せなければダメなんです。ひとこと「考えが足りない」と言われても仕方ありません。

それでは、どう考えればいいのでしょう。先の例は突っ込みどころ満載なので、後ろから指摘すると、「メッセージをつくりたいと思っています」に関しては、どうしてCMプランナーになりたいのかその業務内容を知っているのか、覚悟はあるのかそのための努力しているのか。ということを、説得力を持って説明できなければなりませんし、

「広告の“人を勇気づける力”」は、そもそも何のために鍛えられてきたのか公共広告と通常の広告とは、どう違うのか。どこが同じなのか。──そういった洞察と考察がなければ、それは単なるあなたの「願望」にしか過ぎません。

採用する側が聞きたいのは、入りたい“きっかけ”ではなくて、あなたが「どれくらい広告業界に入りたい」と考えているか(という意欲)と、その“理由”をきちんとプレゼンテーションできる(能力がある)か、ということなのです。

がんばれ!広告業界就職活動学生 ~08年度新卒へ~ たいせつなもの ←このエントリーも必読です。

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